海外在住者が一時帰国して免許証の変更をしようとすると、なぜかもう一度帰国する必要がある話

私は今婚約者(今は配偶者)の仕事の事情で海外在住をしています。

先日1ヶ月間ほど二人で帰国をしたので、婚姻届を提出しました。

現在無職なので、名字の変更に伴う影響が小さいだろうという理由で私が配偶者の姓に変更することにしました。

したがって入籍に伴う姓の変更が発生するため、ついでに運転免許証や銀行口座の名義などを変更してしまおうと色々調べていると、どうやら1度の帰国では無理であるということがわかりました。

マジでムカついてしばらく怒り狂っていて、今もまあ怒り狂っているので、今回はその顛末をまとめたいと思います。

 

まず自分の状況を以下にまとめます。

・婚約(未入籍)状態で海外へ移住

・海外への転出届を出しているため、日本の住民登録は無し

・海外では現在無職

・1ヶ月間の帰国で婚姻届を提出し、配偶者の姓に名字が変わる

 

1ヶ月間の一時帰国をすることになったので、この機会に入籍することにしました(海外でも入籍はできるが、手続きが面倒なので先送りにしていた)。

名字変更に伴う諸々の手続きがクソ面倒だけど、まあ長いこといるのでついでに全部やっちゃおうと思いながら、海外在住者が主要な身分証明証である運転免許証を変更する方法を調べていました。

 

まず日本に住んでいて住民登録がある人が運転免許証の変更手続きをする際は、本籍記載の住民票を持って住民登録のある都道府県の免許センターや警察署に行き、変更手続きをしてもらいます。

しかし前述の通り私は海外転出をしていて日本の住民登録がないため、住民票が取得できない状況です。

そこで住民登録のない人は、住民票の代わりにパスポートを提出することで手続きを行います。

 

するとパスポートの名字を変更する必要が出てきました。

パスポートの名字変更をするためには、入籍後の新しい戸籍が記載された戸籍謄本を入手する必要があり、通常入籍後に戸籍謄本を発行してもらうには入籍から1〜2週間かかるため、それ以上の期間日本に滞在することが求められます。今回は1ヶ月の帰国だったためここは問題ありませんでした(実際にはコロナの影響で2週間の自主隔離期間を設けていたため、隔離2週間+1〜2週間でそこまで余裕はありませんでしたが)。

 

パスポートの名字変更は可能であるとわかりましたが、ここで問題があることに気がつきます。

パスポートは国境を跨いだ移動をするときに必須の身分証明書なわけですが、一時帰国をするに当たって購入した往復の航空券は入籍前の旧姓で取得しています。そして航空券に記載されている氏名とパスポートの氏名が異なる、となった場合、当然身分の証明ができないために復路の便に搭乗できない(搭乗できたとして、入国できない)ということになります。

入籍後ハネムーンに行く人向けのWebページでも確認しましたが、旧姓のパスポートで海外渡航すること自体には問題はなく、航空券とパスポートの氏名が一致していることが重要なようでした。

 

したがってパスポートの変更は事実上不可能であるということがわかり、それに伴って運転免許証の変更もできないことが確定しました。運転免許証が変更できないとなると、他の諸々の手続きもかなりめんどくさい事になるというか実質不可能なのでした。

 

で、運転免許証の変更を達成するにはどうすればいいのか考えました。

住民登録のない人が運転免許証を変更するためにはパスポートを用いますが、新しい姓のパスポートでは復路便に搭乗できないため、とりあえず旧姓のパスポートのまま海外に戻ります。このときに、入籍後の本籍がある市町村の役所等で新しい戸籍謄本を発行してもらうのを忘れないようにします。

海外の拠点に戻った後、パスポートと戸籍謄本を持って最寄りの大使館・領事館に行き、パスポートの変更手続きを行います。一時帰国の際に戸籍謄本を取得しておかないと、海外から戸籍謄本の取り寄せをする必要があり時間も手間も金もかかってもっと最悪なのでこれは肝に銘じました。(あと住んでいる所には証明写真機といった便利な代物もないため、日本滞在中に証明写真機でパスポート用の写真も撮りました。)

そしてパスポートを変更してもらい、そのパスポートで再度帰国することで、やっと運転免許証の変更に漕ぎ着けることができます。

 

ちなみに一時帰国時に転入届を出し一時的に住民登録を行い即転出するという荒技もあるにはありましたが、日本に住居がない状態のためどちらかの実家の住所を使うと東京からまあまあ遠い地方の役所を通す必要があり、これはこれでクソ面倒でやめました。

 

あとパスポートに旧姓を併記する事もできるみたいですが、海外で旧姓を用いて仕事をしている必要があり(は?)、かつ旧姓が括弧で記載されるだけで入管で説明を求められてトラブルの元になるようで(馬鹿か?)、極めつけとして旧姓併記したところでパスポートのICチップには旧姓の情報が登録されていないため、旧姓の航空券は無効になるようです。旧姓併記したところで無駄どころかデメリットしかなくて馬鹿すぎてやばい。

 

以上事の顛末です。怒り狂いながら今は入籍後の戸籍謄本(と証明写真)を手に海外の拠点に戻ってきたところで、2週間の隔離が開けたら領事館に行ってパスポートの変更手続きをします。

 

気がついた瞬間めちゃくちゃ怒り狂いましたし、今もかなり怒っています。これも選択的夫婦別姓が導入されていれば発生しなかった意味不明なコストな訳で、選択的夫婦別姓に反対している人間に無駄に2回一時帰国するのに必要なコストを肩代わりしてもらわないとマジで怒りがおさまらない。日本からかなり遠いところなので航空券代だけでも馬鹿になんねぇんだわ。それか全員一回殴らせてほしい。

 

この事はずっと文句を言い続けるでしょうし、家父長制を念頭においた家族の形にこだわる奴らは、そうでない他人に迷惑をかけまくっていることに気が付いてほしい。社会的にもコストしかないし。特権階級は自分の特権を意識できないので無理でしょうがね(これ以上は話が逸れるのでやめておきます)。

 

同じ状況に置かれた人には全然役に立たない内容ですが、クソさを少しでも理解していただければ幸いです。

アメリカの黒人差別と暴動について

こんな状況ですが、少し前に国際線の飛行機に乗る機会があり、そこでJOKERとパラサイト 半地下の家族をやっと見た。

実質アカデミー賞じゃんと思いながら、現実に存在する格差を取り扱った両作品をフィクションとして楽しんだのが1ヶ月半ほど前。

 

そして現在、アメリカが燃えている。

比喩ではなく実際に燃えている。

 

私は日本に生まれ育った純日本人だが、近年ヒップホップやR&Bなどを好んで聴いている身として、この問題に関心を持つべきだし※、私が好んで聴いている曲やアーティストたちの言葉をもっと理解できるようになるかもしれないと思い、最近読んだものや考えたことについて書き留めることにした。

 

(※上記の記述ですが、ブラックミュージックやカルチャーが優れているから、人種差別には反対しなければという意味ではありません。差別や歴史的背景を無視して彼らの文化を気軽に消費する態度は良くないなと思ったためですが、もちろん優れたカルチャーがあろうがなかろうが、彼らが人間である時点で差別は決して許されないことです。自戒もこめて追記します。)

 

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騒動について事細かく書くことはしないが、アメリカのミネアポリスで、無抵抗の黒人男性が白人の警察官に膝で首を押さえつけられたまま亡くなり、抗議デモが暴動へと発展し、さらに全米へ広がった。今は全世界でBlackLivesMatterという運動が広がっている状況である。

 

少し前からたまたまアメリカの近くに住んでいるので、時差が少なく一連の情報がかなりリアルタイムで入ってきた。

これまで同様の事件がアメリカで何度も起きていたのは知っていたし、理不尽な暴力に心を痛めると同時に、ここまで大きな暴動をリアルタイムで目にしたのは初めてで、暴動で放火や略奪が起こっている景色がJOKERのラストとも重なり、現実にあるのだなあアメリカはすごい国だなと最初は単に驚いていた。

事件の現場周辺の建物が燃やされ、商店の窓ガラスが割られ、略奪が始まると、日本で生まれ育った日本人の私はその急な展開についていけなくなる。

ただ、最初は平和的なデモだったのに警察は催涙弾を使い(白人至上主義者のデモでは使われないのに)、最初に商店の窓ガラスを割って略奪を煽ったのは白人であるといった情報(真偽は定かでない)などが流れていて、アメリカの分断を目の当たりにした気分になっていた。

 

そんな中以下の記事を目にした。

略奪行為の擁護論jfissures.wordpress.com

日本人にはめちゃくちゃに映る略奪行為を、歴史的背景と現在のアメリカの黒人が置かれている状況から擁護する文章である。

もちろん放火や略奪といった暴力を一方的に賛美することはできないし、暴動によって一部では黒人に対する差別意識をさらに強めている側面もあるだろう。支配者層である白人から理不尽に行われた暴力に対して、被支配者層が非暴力で抗議し戦うことは大きな意義がある。暴動と分断を避けようと連帯を呼びかけている人もまた差別と戦っている。

しかし、この記事を読んだら安易に「略奪はいけない」「暴力はいけない」などと言えなくなってしまった。

 

アメリカの建国の歴史は黒人奴隷の歴史とイコールであり、黒人奴隷を虐げ、搾取して発展してきた国に、黒人として生まれるというのは全く計り知れない。この世に生を受けると同時に、すごいものを背負わされてしまう。

私は女性としてすでに差別が存在している世の中に生まれてきたが、生まれもった特性を理由に外を歩いているだけで逮捕されたり、殺されたりする危険性はまずない。理不尽に命を奪われたりしないように、大人が子供に警察官への接し方を教えることもない。

 

考えれば考えるほど、調べれば調べるほど何もわからなくなった。というか最初から理解などできるはずもないのだが、もう何にもしゃべれなくなった。

 

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とにかく無力感がすごいし、もう何もしゃべれないのでここで終わりますが、今現在差別と戦っている全ての人に敬意を表し、その心に寄り添います。

BlackLivesMatter!

 

20200525

ヤマシタトモコの違国日記に「アサガオの観察日記なんか大人になってからやった方が楽しいに決まってる」というセリフが出てくる。

最初で最後にブログをやっていたのが12年前くらい、何を書いてたか何にも覚えてないけど、身も心も大人になった今の方が楽しいはずだと思ったので始めます。

 

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いきなり書くことがなくてどうしようと思ったのですが、最後にブログ書いてたのが中学生だったので、当時に比較して大人になることはサイコーという話を書きます。

ここでいう「大人になること」とは具体的には、

  • 成人すること
  • 大体のことは自分で決められるようになること
  • 人生に必要なものがわかること

の3つのような気がしています。

 

成人することは文字通り法律で定められた一定の年齢に達すること(日本では20歳)ですが、これは私の場合主に飲酒ができるようになったことを意味します。

私は食事と飲酒を愛しています。大学に入ってサークルの飲み会で初めてビールを飲んだ時、まるで足りなかったピースがはまったような充足感を覚えました。高校生の時に飲んだ薄いノンアルコールビールの記憶と、誰かと食事と酒を飲み交わす楽しさを知ったことによるものでした。

最近は生活環境の変化で酒を飲む頻度が著しく減りましたが、たまに大学時代の友人とオンラインで酒を飲んでは爆笑しています。

 

2点目は大体のことは自分で決められるようになること。これは所属や周囲の変化が大きかったように思います。

中学生や高校生は、とても多くの見える制約、あるいは見えない制約に縛られています。親からの制約、学校からの制約、社会からの制約、人間関係の制約。

大学への進学と同時に一人暮らしを始めると、その多くから一気に解放されました。

一人暮らしは生活のあらゆることを自分で決めることができます(金銭的な制約はありますが)。家事が特に苦ではなく、寂しさも感じなかった私は、毎日カレーを食べたり、夜中にアイスを食べたり、連日朝帰りをしたり、いきなり踊り出したりと、まさしくやりたい放題の生活でした。

大学は多くの同年代が集まり学問を追及する場でしたが、皆がそれぞれの興味を持って自発的に学習しているところに、中高のようにホモソーシャル的なヒエラルキーを気にする人間もいませんし、合理性に欠ける謎の校則や同調圧力も存在しません。自分の気に入った狭い交友関係を大切にするだけで特に支障はありませんでした。

自分が何に興味を持って、誰と深く関わり、どう生活するかを決められたので、突然全ての決定権が与えられたかのようなものです。もちろん決定には責任も伴うのでしょうが(でもこれって基本的人権のような気がする…)。

 

3つ目、人生に必要なものがわかること。これは定義上大人になってもまだ全然わかんない人もいるのでしょうが、幸いにして自分は早期に見つけることができました。これがわかると、誰かが決めた価値観や幸せの尺度が気にならなくなります。呪いを解く行為にも繋がっているかもしれません。ここでいう呪いとは、いつの間にか我々を蝕み、縛り付けている考え方や価値観のことです。自分の人生に何があれば幸せかわかっているので、その他多くの必要のないことに足元をすくわれることもありません。精神が非常に安定し、夜中に不安で大声を出すような精神状態になることも格段に減りました。

 

以上の3つでもって、私は大人になり、今は毎日楽しく穏やかに暮らしています。右も左もわからず不安で押し潰されそうで、とにかく毎日がつらかった子どもの頃を思うと、大人になるまで生きててよかった〜と思います。私が子供を産んだり、子供と深く関わる日がくるかはわからないけど、彼らの辛さごと抱きしめてあげられるように、あの不安だった日々も忘れないようにしておこうと思います。

 

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ちなみに違国日記はまだちゃんと読んでないので、Covid-19で引きこもっている今のうちに読みます。